[日本酒] 琥泉 純米吟醸 無濾過生原酒

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琥泉 純米吟醸 無濾過生原酒

  • 微発泡で柑橘系フルーティ、酸味がありサッパリ
  • 和食には合わせにくいか、洋食でも良いが単体で飲んで美味しいお酒なので不要かも
  • 冬に出てきたが、このまま寝かせて夏に愉しむのも良さそう
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[日本酒] きみさらず 純米吟醸 しぼりたて原酒

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きみさらず 純米吟醸 しぼりたて原酒

  • 軽いタッチで上質な絹のようにサラリと流れる
  • 旨味とフルーティさが主体だが全体的に線が細く純米大吟醸かと思うくらい
  • どんな場面でも邪魔をしない、一歩引いた感じが逆に良さと思える

 

[日本酒] 初孫 生酛 純米大吟醸 翠華

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[日本酒] 初孫 生酛 純米大吟醸 翠華 出羽燦々100% 生原酒

  • スルッと流れるようなアタックだが、ミドルからは複雑さを伴って一筋縄ではいかない
  • 甘味とともに苦味、酸味がバランスを保っているところが生酛らしさとも考えられるか
  • やや温度が上がった方が香りが開く傾向にあるみたい

 

[日本酒] 開華 立春朝搾り 平成30年

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開華 立春朝搾り 純米吟醸生原酒 平成30年

  • ややふくよかだがサラッとしていて品のいい飲みくち
  • ミドルは吟醸香、後味には複雑な雑味や苦味があり引き締め役となっている
  • 立春朝搾りの先駆けである開華を今年も飲めたことに感謝、やっぱり旨い

 

久しぶりに日本酒をいくつか頂いてきました。美味しかったものをピックアップしてみます。

ビジターセンターの歴史 – その2

ビジターセンターが作られれば人々は観光地として気軽に蒸留所を訪問することができるようになったわけですが、では、それ以前はどうだったのでしょうか。ビジターセンターができる前の蒸留所の様子を探っていきます。

蒸留所は閉鎖的だったのか?

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昔の蒸留所のイメージというと、とにかく閉鎖的で一般人が内部を見るようなことは叶わない。ウイスキーの作り方は秘伝のもので、仮にそれを見ていきたいなんて人間がいたら産業スパイかなにかだ、と考えられていたような、なんとなくそんなイメージがあります。このあたりは竹鶴政孝の時代の逸話によるものかもしれません。

実際には先述の新聞記事にもあったとおり、事前の予約があれば訪問が可能だった蒸留所も少なくありませんでした。いきなり飛び込みではさすがに無理がありますが、旅行会社とか業界人とか記者のような人物であればアポは取れたのでしょう。

一般的な旅行者の場合はどうするかというと、例えば泊まった宿屋で主人に相談してみると
「ああ、そこなら俺の友人が働いているんだ。なに? 中を見てみたい? ちょっと待ってろ、電話してみるから」というやりとりからアポが取れたりだとか。

実はこれ、今でもあったりします。地元の人ならそういったツテのひとつやふたつはあるもので、本当にみんな顔見知りだったり。特にアイラ島とかは地元の繋がりがとても強い。B&Bの人が蒸留所のツアーガイドや観光ハイヤーなど様々なコネクションを持っていたりします。

宿屋ではなくとも、ひとつ目の蒸留所でツアーに参加したら、そこの従業員から別の蒸留所に紹介してもらったりとか。そういった繋がりをつたって様々な蒸留所を訪問することができるのです。

 

ビジターブックに残る歴史

蒸留所では古くからビジターブックが用意されていたようで、全員とは云わないものの多くの人が書いていたことでしょう。むしろ昔だと書かないと何物だこいつ? と思われかねない。日本でも古くからの旅館などでは宿帳がありますが、あれと同じ感覚だと思います。

タリスカーのビジターブックには、なんと1900年頃からのものが残されています。タリスカー蒸留所のビジターセンターには様々な昔のアイテムが展示されているのですが、そのうちのひとつなのでしょう。

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Image via Whisky.com

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タリスカーのビジターセンター内部 おそらくビジターブックはこのあたりに

また、グレングラッサでは1960年代のビジターブックがあるそうです。月に数人程度なので現在に比べたら随分と少ない数ですが、こうしてしっかりと名前が残されているのは凄いですね。

プルトニーではハンドボトルの際に名前を書くのですが、それが実はビジターブックになっていて、遡ること1969年になるようです。えっそうなの?! 知らなかった!! 今後行くときにはじっくりと見てこなければ……。

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Image via THE PISHED FISH

このように、ビジターセンターができる以前も、一部はそこまで閉鎖的な空間ではなく割とフレンドリーだったようです。現在においても、ビジターセンターが無い蒸留所はいくつもありますが、全部が全部閉鎖的かというというそうでもなく、アポイントがあれば――というところも少なくありません。このあたりは昔も今も状況は変わらないのでしょう。

歴史を発見する訪問

ビジターセンターが無かった時代はどこでもてなしたかというと、まあ基本的にはオフィスだったようです。オフィスとはいっても事務机が並ぶだけの作業場だけではなく、小さいながらも客のもてなしができるような部屋が用意されていました。今あるビジターセンターも、当時のオフィスを改装して作られているところが少なくありません。

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ストラスアイラのツアー待ちの一室 クラブのような立派なしつらえ

スコットランドの建物は100年200年は当たり前の世界。風格があるのはただ単にそういった装飾だけによるものではなく、積み重ねてきた年月の重みが自然と生み出しているものなのでしょう。

こうしてみると、蒸留所を訪れる際に見るべきところというのは本当に多いことに改めて気付かされます。今までは蒸留所の外観や製造工程(特にポットスチルによる蒸留)あとはお土産コーナーの特別ボトルなどばかりに目を奪われてしまっていましたが、部屋やその内装、飾られているものひとつひとつに様々な歴史があり、見るべきところがあるのですね。

もし蒸留所を訪れる際には、ぜひとも隅々まで見てまわって下さい。他のビジターが気づいていないような、もしかしたら蒸留所のスタッフさえも気づいていないかもしれない、あなただけの発見があるかもしれません。

ビジターセンターの歴史 – その1

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先日、2017年のビジター数についての記事を取り上げてみて、そのときにふと思ったのですが、蒸留所がビジターセンターを作ったのはいつ頃だったのでしょうか。各蒸留所ごとに時期に違いはあると思いますし、今でもビジターを受け付けていない蒸留所もあります。その違いは何なのでしょうか。そんなあれこれが気になったので調べてみました。

ビジターセンターの歴史

意外なことに、ビジターセンターがいつ設立されたかという情報は、蒸留所側としては大したことではないのか、オフィシャルのWebサイトなどを見てもほとんど情報がありません。これにはちょっと面食らいました。各蒸留所のサイトを見ていけば調べがつくと思っていたのに、結構面倒なことになりそうだぞ、と。

しかし、スコットランドで初のビジターセンターを作った蒸留所については多くのサイトで情報を見ることができました。1969年7月 グレンフィディックが他に先駆けてビジターセンターを公開しました。当時の新聞にもその記事があります。

New Reception Centre opened GLENFIDDICH WILL KEEP TRADITION OF HOSPITALITY

Monday 07 July 1969
Aberdeen Press and Journal

また、ブレア・アソールでは1975年にはビジターを多数受け入れていたと思われる記述があります。ブレア・アソールは Bell’s のキーモルトとしての歴史が蒸留所の中で展示されています。

… It is the centre Bell’s worldwide operations many visitors and overseas-agents have visited this New House Bell’s, NUHIIR FOUR To ensure that demanik can met a fourth Highland’s malt distillery …

Tuesday 30 December 1975
Aberdeen Press and Journal

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ブレア・アソール蒸留所には Bell’s の歴史が展示されていた

タムデューには1977年にビジターセンターが出来たようです。が、残念ながらこれは今では存在しません。タムデューには元々線路が通っていて(今は廃線)、タムデュー駅の駅舎にビジターセンターが作られていました。

Highland Distilleries to provide visitor facilities at Tamdhu Distillery. Knockando, was opened this week, writes David Morgan, For those taking part the surroundings must have smacked of a different era. The car park …

Wednesday 18 May 1977
Aberdeen Press and Journal

駅の反対側にはノッカンドゥ蒸留所があるのですが、以前訪問したときにこの2つの蒸留所は本当に近くて驚いていました。線路があったのも蒸留所への搬出入を効率よく行うためだったのでしょう。

種々の情報をまとめてみると、主な蒸留所のビジターセンター開設は次のようになっています。(出典:whisky for everyone, Whisky.com, 蒸留所情報など)

1969 : グレンフィディック
1973 : グレンファークラス
1974 : ボウモア
1976 : グレンドロナック
1978 : グレンリベット
1982 : エドラダワー
1986 : ハイランドパーク
1989 : フェッターケアン
1992 : ダルウィニー
1994 : グレンモーレンジ
1998 : ラガヴーリン
1998 : アードベッグ
2000 : プルトニー
2002 : クラガンモア
2004 : オーヘントッシャン
2004 : グレンマレイ

 

グレンフィディックに見るビジターセンターの成功

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ビジターセンターを最初に作ったグレンフィディックはやはり注目されたようで、また、観光地としての押出しの強さや規模も当初から大きかったからでしょう、様々なイベントが新聞記事にもなっていました。

スペイサイドの蒸留所で5000人目の訪問者にビッグなプレゼント!

Big dram for 5000th visitor. A Speyside distillery is today expecting its 5000th visitor of the summer season and the lucky person will be presented with a bottle of whisky to mark the …

Wednesday 08 July 1970
Aberdeen Evening Express

グレンフィディックの5000人目のビジターが祝福を受ける。

ALASKAN IS LUCKY 5000th VISITOR AT GLENFIDDICH LUCKY WINNER
bottle Of Genfiddich malt whisky for being the 5000th visitor to the Moray distillery is a man from Alaska — Mr Junius Jewett, a land surveyor …

Thursday 09 July 1970
Aberdeen Press and Journal

グレンフィディックは現在も訪問者数がトップ3に入っているくらいの有名どころですが、当初からこういう宣伝や人集めが上手だったということなのでしょうね。5000人目のビジターが1970年7月8日ということは、ちょうど1年で5000人だったようですが、なんとなく1周年だからキリの良い数字にしてしまえというようなアバウトさが感じられるのは気のせいでしょうか(笑)

グレンフィディックでは年間50,000人の訪問客を見込む

Scotch, with dash of tourists
… 50,000 visitors are expected at Grant’s Glenfiddich Distillery alone. The numbers have been zooming by around 10,000 each season.

Friday 14 March 1975
Aberdeen Evening Express

 

グレンフィディックの300,000人目のビジターが祝福を受ける

Dufftown distillery entertain their 300,000th visitor. BELGIAN holidaymaker Mr Jean De Strooper and his family from Brussels became VIPs when they called at William Grant and Sons’ Glenfiddich Distillery, Dufftown. The …

Wednesday 24 August 1977
Aberdeen Press and Journal

その後、30万人に達するまで約7年、1975年の記事では年間で5万人を見込んでいるようですし、現在の一般的な蒸留所と比べてもかなり大きな数字です。というか、2013年の時点でグレンフィディックが年間8.1万人ですから、既に現在と同等レベルの観光客を受け入れいていたことになります。これはかなり驚異的ではないかと。当時から蒸留所を目玉としたツーリズムが流行っていたことが伺えます。

グレンフィディックに続く蒸留所たち

そんなグレンフィディックの状況を見てか、世界へそのブランドを知らしめようと画策する蒸留所はビジターセンターを整備していきます。

Scotch, with dash of tourists
… Mr David Illingworth, of Elgin, the regional director of the GTA, said although there were only three distilleries which can visited without prior arrangement, a number of other distilleries will show visitors round provided notice is given. This season three distilleries feature on the trail and these are Glenfiddich,, Dufftown; Glenfarclas, Ballindalloch; and Strathisla, Keith. The AA erect special road signs to guide tourists and coach drivers from May October. There are over 30 distilleries in the Speyside area.

Friday 14 March 1975
Aberdeen Evening Express

1975年のこの記事では3つの蒸留所が「事前予約なしで」訪問できるとなっており、グレンフィディック、グレンファークラス、ストラスアイラの名前が上がっています。また、旅行者やバスドライバーのために標識を掲げ、スペイサイド地域のウイスキー蒸留所を巡る「ウイスキートレイル」を盛り上げていこうという姿勢が伺えます。

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ウイスキートレイルの標識 蒸留所のパゴダがトレードマーク

 

スコットランドのみならずイングランドからもバスツアーが組まれ、ビジターセンターでは既に大画面のムービーが流されたり多言語に対応したガイドが準備されるなど、現代と変わらない様子。ツアー客を乗せた大型バスが何台も乗り付ける様子が目に浮かびます。ツアーの最後にいくつか試飲できるというのも今と同じですね。

ちなみに、ウイスキートレイルは現在もスコッチウイスキーの普及活動を積極的に行っており、8つの蒸留所とスペイサイド・クーパレッジが参加しています。

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Image via The Malt Whisky Trail

もちろんスペイサイドにはこれ以外の蒸留所もたくさんありますが、まずは取っ掛かりとなる蒸留所ということでこれらがタッグを組んでみた、ということなのでしょう。あるいはビジターセンターを開設した最初期の蒸留所がこれらだった、と考えるべきでしょうか。早い段階から門戸を開放していた蒸留所が多いです。

 

時は流れて1980年代に入りウイスキーは冬の時代を迎えるわけですが、その中でも幾つかの蒸留所ではビジターセンターを開設していきます。売上が伸びない中であえてビジターセンターを作るなんていうのはなかなか難しい判断もあったことと思いますが、起死回生の一手としてあえて実施した場合もあるのでしょう。

大資本による蒸留所の買収なども発生し、親会社の意向でビジターセンターが建てられたというケースも見受けられます。エドラダワーはペルノ・リカールが買収した1982年の後からビジターセンターが建てられたようで、潤沢な資金がある会社の恩恵にあずかった形に見受けられます。

その2に続きます。